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■2006/12/05 (火)
パスワードを思い出したので久々に書いてみる |
帝王切開立ち会い。ラジアントウォーマーを暖めたり喉頭鏡の光量を確かめたり、いろいろ手を動かしながら、麻酔科の先生が産婦さんに腰椎麻酔をかけるのを聞いている。ベテランの麻酔科医はじつに細かく説明する。次はどういう感じがしてきますがそれは大丈夫だから、と逐一予告なさる。産婦さんが心理的に落ち着いて行かれるのが伝わってくる。なるほどベテランはこういう麻酔をかけるのかと、他科ながら勉強になる。
処置の合間には我々にも声を掛けて下さる。Nは大変だとか、いろいろ他愛ないお喋りではあるが、ベテランになると薬だけではなく話術もつかって周りを落ち着けて行かれるとみえる。
この先生は容貌がスミルノフ教授にそっくりである。長年にわたって麻酔科をやっているとああいう風貌になるのかもしれない。いや、スミルノフ教授はけっして麻酔科の先生ではないので、偶然の一致なのだろうとは思う。
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■2004/06/24 (木)
ちょっと浮気を・・・サイト変更です |
いささか衝動的ではありますがブログへ移行します。
トラックバックが欲しいんです。最近の日記を読み返してつくづく独善的だなあと思うので。
新しいサイトはここ。
http://childdoc.exblog.jp/
それでは今後ともよろしくお願いします。
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■2004/06/23 (水)
暇でちょっと寂しい |
重症の未熟児二人が相次いで亡くなり、放り出されたように暇になってしまいました。こういうときにあれこれと文献を読んでステップアップしておかないといけないなと思っています。とはいいながら、正直、気が抜けています。
「ザ・ご紹介」なるデータベース(文字通り紹介状の作成を一括して行うもの)にNICU入院データベースをリレーションできないかなとファイルメーカープロをごてごていじっているうちに定時が来てさっさと引き上げてきました。当直明けで午後は寝ていました。
市内のNICUの空床状況を見ていると第一日赤も府立医大も空床0で受入不可能になっていますから新生児搬送の必要が生じたらうちが受入になるので暇も僅かだとは思うのですが。でも重症新生児の発生はかなり波があって忙しいときには何処も忙しくなるけれど暇なときはどこもかしこも重症2軽症2とか空床をオファーしてきますからね。他の施設にもとんとんと空床が生じてきたら暇が遷延することになります。
妙に未熟児の出産が立て込むこともあります。なにか早産の原因になるようなウイルスでも流行するんかなと思うこともあります。あるいは、時期と在胎週数とを勘定してみたらちょうど冬のボーナスを不妊治療に充てて妊娠に至った子たちがおもむろに早産で生まれて来てるんじゃないかと思わされるようなこともあったりします。
軽症の子はそこそこの人数揃って入院中なのでそれなりに看護師たちは忙しくしています。看護師も新年度から人数が揃ってきたので看護力不足で入院受入ができないと言うこともなくなってきたと思います。未熟児の大量発生があったにしても昨年度よりはそこそこタフに受け入れることはできそうに思っています。言い訳が効かなくなってきたってことでもありますよね。
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■2004/06/22 (火)
MCLSではなくて川崎病 |
川崎病という小児特有の病気があります。高熱とともに粘膜や皮膚に種々の発疹を来たす疾患で、心臓に後遺症を残すことがあるので重大な病気です。原因は不明です。初めて報告された川崎富作先生に因んで川崎病と呼びます。国際学会でもKawasaki diseaseが正式名称です。
日本では何故かこの病気をMCLSと呼称する医者が居ます。MucoCutaneous Lymph node Syndrome”「粘膜皮膚リンパ節症候群」の略だそうです。日本の医学界の奇妙な和製英語です。外国ではMCLSなんて言っても通じません。恥をかくだけです。日本語の病名なら外国で通用しなくても奇異とするには当たりませんが、国際標準の英語病名を使っているような開明ぶった顔をしてわざわざ和製英語病名を使っているのは滑稽です。散切り頭を叩いてみれば文明開化の音がするってか。
川崎先生は東京の民間病院の小児科部長でした。民間病院ったって日赤ですから結構な大病院なのですが、それでも民間病院の医師風情にと川崎先生の業績を認めたがらない偉い大学があるんですな。何処とは言わないけど入学試験がやたら難しいので有名な旧帝大ですわ。その大学では川崎病と言っても無視されると聞き及びます。学則で散切り頭にしろと決まってるんですかね。
日本の医学ってそんな了見の奴らが牛耳ってるのか?と暗澹としますがね。
いまも川崎病の子がうちに入院していますが今日の回診でも症例提示でMCLSと言う医者がうちにも居ました。耳障りです。えむしーえるえすー?何それ。
ハワイ大学には川崎病専門のKawasaki clinicが設置されているそうです。日本ではこの名前の医療機関は他の分野がご専門ですな。まあ、それはそれで尊い分野ではあると思いますよ。これは嘲笑には当たらないけど、でもちょっと笑ってしまった。
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■2004/06/21 (月)
この桜吹雪が目に入らねえか |
今日の読売新聞の特集記事にありました。
厚生労働省研究班は医療機関や検査会社へのアンケートから、二〇〇〇年度に一万六百件余りの羊水検査が行われたと推計した。この検査での染色体異常の発見率は2%程度とされ、二百―三百人が異常を告知された計算になる。
そうした出生前診断から行われる中絶を「選択的人工妊娠中絶」と呼ぶが、どの程度の数かは、全くの水面下だ。
四月十日、東京ベイエリアのホテルで日本産科婦人科学会の記者会見があった。学会はその日の総会で、着床前診断を独断で実施していた神戸市の医師を除名処分にした。除名の理由を説明する学会幹部に、女性記者が質問した。
「着床前診断は生命の選別につながると言われるけれど、出生前診断では、胎児の異常を理由に中絶が行われているんですが……」
会長だった野沢志朗・慶応大教授は大げさに驚いた表情で周囲を見回して言った。
「えっ、そんなことがあるんですか? エビデンス(証拠)を示してもらえますか」
日本に選択的妊娠中絶は存在しない――刑法の堕胎(だたい)罪に触れる行為をする医師はいないという“建前”である。(引用終わり)
このまえ着床前診断に関して神戸の産科医が学会を除名になったが、その当の学会の会長がこのような欺瞞的な態度を取るのではいったい産科という診療科を本当に信用して良いのかどうか分からなくなる。怯懦と言うべきか卑怯と言うべきか。シラを切るにももう少し上品な切り方ってもんがあるんじゃないかと思う。学会は北町奉行所のお白砂で開催されてんのか。せいぜい桜吹雪に腰を抜かさないよう注意して下さいよ教授。
いかなる疾患であれ先天性の障害を第一の理由に中絶をして欲しくはない。生まれない方がマシ死んだ方がマシといった浅薄なお為ごかしの理屈で中絶を正当化して欲しくはない。むしろ経済的理由をもって中絶する方が真っ当だと思う。社会全体の福祉とか経済とか、障害児者に対する人の心のあり方とか、障害児者を取り巻く状況さえ良ければ、死んだ方がマシな障害などそうそうありはしない。中絶は、やっちゃいかんことをやむなくやってるんだなあという後ろめたさを自覚してやる行為だと思う。経済的理由という概念はその後ろめたさを端的に現していてなかなか当を得ていると思う。
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■2004/06/20 (日)
またも赤ちゃんの死 |
未明に超未熟児がまた一人亡くなった。
生存限界ぎりぎりの超早産だった。母体搬送の知らせにはその週数で本気かと耳を疑ったものだ。蘇生処置を施したものかどうかも迷った。何もせずお母様に抱いていて頂ければ、精々長くて数時間の命でも安らかに逝けるのではないかと思った。気管内挿管してNICUにお連れして人工呼吸管理とか細動静脈カテーテルとかあれこれと集中治療をすることが許されるのかどうか。
生まれてきた子は週数の割には成熟しているように見えた。生存も現実的に追求できそうな気がした。それなら蘇生は許されるだろうと思った。直感勝負ではあったが。
当初こそ調子よく見えたがやはり次々に問題が生じ、生存の見込みがどんどん薄くなる中、後半戦はターミナル・ケアだった。如何に苦痛無く見送るかということばかり考えた。昨夜来次第に脈拍が落ちてきた。人工呼吸器をつけたまま臍帯カテーテルが入ったままお母様に抱いて頂いた。2時間ほどカンガルーケアで抱いて頂くうちいよいよ脈拍が百を割り五〇も割ったが敢えて心臓マッサージはしなかった。モニタの波形が平坦になった。抱かれたまま人工呼吸のチューブを抜いて素顔になって頂き、その後に死亡確認とした。
この子について、お母様の胸元から身柄を奪い取って保育器に再収容して心臓マッサージをするべきだったなんて誰も言わないだろうとは思う。宣告の前に人工呼吸を中止したことを殺人だと言うなら言ってみろと思う。
でも結局私たちがしたことは何だったのだろう。出生後私たちが何もしなければこの子はあっという間に亡くなったはずである。お母様に抱かれていたら、それほどの苦痛もなく済んだと思う。その時間を私たちは1週間以上も引き延ばした。苦痛が計量できるものだとしたらその総和もおそらく増していたことだろう。その増加分をコストとして正当化できるほどの延命だっただろうか。今回私たちがこの子に行った集中治療は命を慈しむ医療であっただろうか。大人の都合に応じて赤ちゃんを蘇生したり抱っこしたりしているのは赤ちゃんの身体を玩具にする所行だと言われたら反論できるだろうか。
医者にとってはやはり死は敗北だ。如何に上手に負けるかが問題だ。上手に負けたことを威張る馬鹿は居ない。負けは負け。
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■2004/06/18 (金)
「取り返しがつかない」ということを子供に教える |
佐世保での小学6年生による殺人に関して。
人生は基本的に取り返しがつかないものだと子どもに教えるべきではないでしょうか。
どんなに反省しようが泣こうが叫こうが原状の回復は為し得ないと教えるべきです。贖罪は原状回復ではありません。いくら被害者が許してくれても世間が忘れてくれても一旦生じた事実は消えません。残りの生涯にその事実をどのように認識し評価するかという次元ではまだ状況の動く余地はありますが。
自分のやったことも他人にされたことも、人はそれまでの来し方を残りの生涯に背負っていくのです。
大人には現実のそういう辛さを子供に真面目に語る責任感が必要だと思います。心の傷とやらを恐れるあまり耳に快い夢や希望しか語らないのではいけません。
人生はやり直しが利くとかいう明るい話は講話の種になります。それはしかし取り返しのつかなさを悟り打ち拉がれた人を癒やして立ち上がらせるための方便だと思います。方便の善し悪しは語る相手によりけり。人生の重さに対する認識のない人に人生はやり直しが利くと話しても、それなら何をやっても良いんだなと油断して舐めた人生を送る契機になるのではないかと思います。楽観主義は強靱な精神に由来するものでなければなりません。浅慮や逃避に由来するものではなくて。
かく言う私も背負うものの一つもない身では無し。医者なんて因業な商売してると全くの善人面をして「悪人」を攻撃する資格は私にはありません。今回の加害者の少女を鬼畜呼ばわりするのは羞恥心に耐え難いものがあります。
わがこころのよくてころさんにはあらず。
それにしても今回の加害者の少女には、人生に背負わねばならぬ荷の重さを十分わきまえる程度に責任感と謙虚な姿勢をもった大人が、夢ばなし希望語りだけではなくもっと語りにくい厳しいことを真面目に語ってくれていたのでしょうか。それを語られてそれでもなお友人の首を掻き切る子だったのでしょうか。
人を殺した後でごめんなさいと泣きじゃくったって、今後たとえ御遺族と和解しても加害者の夢枕に被害者が立ってくれても被害者自身が生き返ることはありません。人生の取り返しのつかなさは非情でシンプルです。この加害者の少女にこれまで、この単純で避けて通れない厳しさをきちんと教える責任感をもった大人は誰もいなかったのでしょうか。
今はせめてこの子のために悪人正機を信じたいところです。
今日は早引けでした。毎週水曜日の午後は半休です。土曜日の午前中に働いてますからね。
髪がいいかげん鬱陶しくなってきましたので散髪に行こうと思い立ちました。帰って妻に散髪代をせびったら、息子も連れていけといわれました。
で、二人で行って来ました。
息子は自閉症です。髪を切るのも以前は一苦労でした。首筋あたりをハサミが動くのが感覚的に受け付けなかったらしいです。連れていっても何かしでかさないかと背後ではらはら見守っている状態でした。なんせ床屋のハサミはよく切れるらしいです。皮膚に当たるとスパッと大出血だそうです。
行きつけの理髪店のご主人は大仰に「声かけ」で宥め賺そうとはされません。そのかわり、次はこれ、その次はこれ、と頭に当てる道具を息子に見せていきます。次は何が頭に当たると見て確かめられたら息子は納得するようです。
しばらくNICUが忙しいとか称して散髪も妻に連れて行かせていたのですが、久々に自分で行ってみると息子は予想外に進歩していました。刈り始める前に「短くか?」とご主人に聞かれて「短く」と答えていました。半分は自閉症特有のオウム返しなのでしょうが、まあ一応は問答になっていました。ご主人も息子が3歳の時からお世話になっていますから成長ぶりもご存じです。おお自分で言えるようになったなと誉めてくれました。生え際にはバリカンも使えるようになっていました。
何より、抵抗する素振りさえ見せなくなっていましたので、私も隣の椅子で息子と並んで散髪ができました。初めてでした。嬉しいことでした。男親と息子が普通にやることなのかもしれませんがね。その普通がいちいち嬉しいですね。
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■2004/06/15 (火)
「死よりも悪い運命」ってのがあり得るんですかね |
重症の赤ちゃんを抱えています。
昨日の未明、ひとかた亡くなられました。
亡くなられるまでの24時間と少し、急変後の処置に悪戦苦闘しながらも、このままこの子を救命することが本当に善いことなのかと考え続けていました。それで手が鈍ったとは思いたくありませんが。
赤ちゃんが亡くなるか生き延びるかという予想は外れることが多いです。まず駄目だろうと思った赤ちゃんが生き延びることは多々あります。ですが、熟練したNICUスタッフが(医師にせよ看護師にせよ)駄目だろうと思った赤ちゃんが生き延びた場合、そんな赤ちゃんの多くは障害を残します。生きるか死ぬかの二者択一での予想は外れますが、後遺症なしの生存(インタクト・サバイバルとカタカナ英語で呼ぶことが多いです)と、後遺症あるいは死亡、との二者択一ならけっこう当たるということです。
この子は生き延びたとしてもこれまでの経過を考えればもう後障害なしの生存は無理だろうなと頭の片隅に囁くものがありました。
私は新生児科医を職業としてはいますが息子は障害児です。
息子に死ねというのかという頑なな意地もあって、一頃は、障害を抱えることになるという理由で治療を弛めるのは許し難いと思っていました。「死んだほうが善い」こどもなどないと思っていました。また多くのご家族が、障害を抱えたこどもを慈しんで育てておられる姿に接してきました。尊い姿だと思います。こどもに障害があるといってもそれはそうそう悲惨一色でもないよという具体例に接してこれたようには思います。我が身を含めてね。
しかしそれが、もう一軒の新たなご家族の元に、障害を持った子を帰すことを全面的に正当化してくれるかどうか。教条的に硬化すれば、何の問題があると突っ張れるんですけれども。
なんか、今さらのように迷っています。
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■2004/06/10 (木)
リスクマネジメントの講演会 |
昨日は午後5時半から職場でリスクマネジメントについての講演会がありました。さる大病院の総婦長さんがお出でになりました。
午前11時に搬入した重症の赤ちゃんの全身管理で昨日の日勤の看護師たちは疲れ切っていました。リーダー業務をやっていた看護師は昼飯も食べていません。誰も聞きに来れませんでした。私は聞きには行きましたが半分くらい寝てしまいました。5時で当直医に引き継いだのですがこの当直医もむろん出てこれない。
講演の途中に救急車が到着して、手術室の看護師たちが講演会の席から一斉に居なくなりました。これはと思っていたらやはり緊急母体搬送で、即日の緊急帝王切開になりました。
やれやれ。
病院のリスクを背負っているのは、こういう、リスクマネジメントの講演会など忙しくて聞いていられない面々ではないかと思います。
ちなみに、この講演会の後、NICUをのぞきに行ったら、この緊急帝王切開後の新生児入院の処置と昼からの重症管理の続きで、私もそのまま夜半まで居残ることになったのでした。
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