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何を言ったらいいのだろう。
鏡をじっとみる。
情けない。
身体と精神は離れない。澱んだ細胞は欝な精神を生み出す。
私はお釈迦様が嫌いな訳ではない。どちらかと言えばおおきな力はあると思っている。
私は芥川龍之介の『蜘蛛の糸』が嫌いである。お前、蓮池のまわりをのんきに散歩してるんじゃない、と思ってしまう。いつか私『蜘蛛の糸』を書きたいと思っている程である。
「希望」は必要である。尤も希望という言葉などあるとも思えず灰色の脳であった時期が長かった。しかし今希望が私にはある。
自分が大変大切であると思っている人に自分は何でもないのだと痛感する事は大変辛く切ない事であるが、ここはひとつそんなうだうだの心を超えるためにひとふんばりしたいと思う。え、私って、少し偉い?と自分を過剰に励ましているので、本当の所は少しも偉くもなんともないのだが、まあ、ちょっと自分を励ましつつ駄目な気持ちを超えたいと思うのである。
細胞が死んでいくと心まで死んでいってしまうのはよくない。
私はその女性(ひと)の中に少女が棲んでいるのだと思った。その少女は愛らしい少女らしい少女だ。闊達で明るく愛らしい少女だ。が、少女の中にはどうしても満たない宇宙(そら)が存在している。その宇宙が様々な愛で満たないと枯渇してしまいそうな淋しさだ。私の心など、その宇宙の中では、小さな石にしか過ぎない。いや、少女が自分自身でその宇宙を綴じなければ誰にもその宇宙を共有する事ができないのかもしれない。私は、多分、少女が陽々とした日ざしの中で闊歩している夢が見たいのだ。 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||